東京地方裁判所 昭和62年(ワ)12717号 判決 1990年6月29日
原告
中京自動車株式会社
被告
鈴木久茂
ほか二名
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 原告に対し
(1) 被告鈴木は四一万四八四五円及びこれに対する昭和六二年一〇月一四日より支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。
(2) 同藤津は九九万三三七五円及びこれに対する同月一〇日より支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。
(3) 同久保寺は三七万〇三一〇円及びこれに対する同月一三日より支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 第一項につき仮執行の宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求の原因
1 当事者
原告は一般乗用旅客自動車運送事業などを業とする株式会社であり、被告らは原告に雇用され、運転手として右一般乗用旅客自動車運送事業の運転業務に従事していた者らである。
2 被告鈴木について
(1) 事故の発生(この事故を「本件甲事故」という。)
<1> 日時 昭和六一年五月二一日午前一時三〇分ころ
<2> 場所 東京都台東区花川戸二丁目一番先交差点(言問橋上水戸街道上り車線)
<3> 加害車 普通乗用自動車(足立五五か二九一〇)
右運転者 被告鈴木
<4> 被害車 普通乗用自動車(所沢五五は六五五〇)
右運転者 鈴木茂男
<5> 態様 右交差点で赤信号で停車中の被害車に追突
(2) 責任原因
<1> 右事故は、被告鈴木が原告の業務に従事中に発生した。
<2> 被告鈴木は制限速度違反、赤信号の見落しという過失によつて右事故を発生させた。
(3) 原告の損害
右事故により原告が鈴木茂男に対して支払つた損害賠償額及び原告の被つた損害額の合計額から保険により填補された額を控除すると、残存する損害額は八二万九六九〇円となる。
(4) 原告は被告鈴木に対し、右残存損害額の二分の一である四一万四八四五円につき、支払いを求める。
3 被告藤津について
(1) 事故の発生(この事故を「本件乙事故」という。)
<1> 日時 昭和六二年三月八日午前五時二〇分ころ
<2> 場所 東京都板橋区船戸二丁目二五番先路上
<3> 加害車 普通乗用自動車(足立五五か八〇一二)
右運転者 被告藤津
<4> 被害車 普通貨物自動車(所沢八八さ一九六六)
右運転者 久保裕義
<5> 態様 加害車が中央分離帯を乗り越えて対向車線に侵入し、被害車に衝突
(2) 責任原因
<1> 右事故は、被告藤津が原告の業務に従事中に発生した。
<2> 被告藤津は、当時、右事故現場付近の路面は凍結していたのであるから、減速するなどして加害車を安全に運転すべきところ、逆に制限速度を越える速度で運転した過失により、加害車をスリツプさせて、右事故を発生させた。
(2) 原告の損害
右事故により原告が久保に対して支払つた損害賠償額及び原告の被つた損害額の合計額は一九八万四七五〇円となる(なお、久保は治療継続中で、全損害額は確定していない。)。
(4) 原告は被告藤津に対し、右残存損害額の二分の一である九九万三三七五円につき、支払いを求める。
4 被告久保寺について
(1) 事故の発生(この事故を「本件丙事故」といい、以上をあわせて「本件各事故」という。)
<1> 日時 昭和六一年九月一〇日午前五時三〇分ころ
<2> 場所 茨城県土浦市田中三丁目九番二六号付近路上
<3> 加害車 普通乗用自動車(足立五五か九四二五)
右運転者 被告久保寺
<4> 態様 加害車を道路右側壁などに衝突(単独事故)
(2) 責任原因
<1> 右事故は、被告久保寺が原告の業務に従事中に発生した。
<2> 被告久保寺は、右事故現場付近の制限速度が時速四〇キロメートルであるのに、時速一一〇キロメートルの速度で加害車を運転しても、道路状況に応じたハンドル操作をなしうると考えたために、左カーブに即応したハンドル操作ができずに右事故を発生させた。
(3) 原告の損害
右事故により原告の被つた損害額は七四万〇六二〇円である。
(4) 原告は被告久保寺に対し、右損害額の二分の一である三七万〇三一〇円につき、支払いを求める。
5 原告は、被告らに対し、本件訴状により前記各金額の支払いを催告し、右訴状は、被告鈴木については昭和六二年一〇月一四日に、同藤津については同月一〇日に、同久保寺については同月一三日に、それぞれ到達した。
6 よつて、原告は、被告鈴木、同藤津に対しては、民法七〇九条による損害賠償請求権及び同法七一五条三項による求償権の行使として、被告鈴木については四一万四八四五円及びこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和六二年一〇月一四日から、同藤津については九九万三三七五円及びこれに対する本件訴状送達の翌日である同月一〇日から、同久保寺に対しては民法七〇九条による損害賠償請求権の行使として、三七万〇三一〇円及びこれに対する本件訴状送達の翌日である同月一三日から、各支払い済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二 請求の原因に対する認否
1 請求の原因1の事実は認める。
2(1) 同2(1)の事実は認める。
(2) 同2(2)のうち、<1>の事実は認めるが、<2>の事実は否認し、過失は争う。加害車の衝突直前の速度は時速約二〇キロメートルである。また、被告鈴木は赤信号には気付いており、停止態勢に入つたが、一時意識が稀薄となり追突したものである。
(3) 同2(3)の事実は知らない。
(4) 同2(4)は争う。
3(1) 同3(1)の事実は認める。なお、被害車は、保冷車である。
(2) 同3(2)の事実は認める。但し、凍結していたのは道路の一部であり、凍結状態を事前に察知しにくい状況であつた。
(3) 同3(3)の事実は知らない。
(4) 同3(4)は争う。
4(1) 同4(1)の事実は認める。
(2) 同4(2)のうち、<1>の事実は認める。<2>の事実のうち、加害車の速度につき否認し、その余の事実は認める。加害車の速度は時速約七〇ないし八〇キロメートルであつた。
(3) 同4(3)の事実は知らない。
(4) 同4(4)は争う。
5 同5の事実は認める。
三 被告らの主張
1 労使慣行若しくは労働契約に基く求償権の制限
(1) 原告には昭和三三年二月に結成された中京自動車労働組合(以下「中京労組」という。)があり、被告らはいずれも本件各事故当時中京労組の組合員であつた。
(2) 原告と中京労組とは、昭和四一年三月三日に「交通事故処理規定」を締結した。右規定によると、業務中の交通事故の第一当事者となつた乗務員の原告に対する弁償義務の有無と範囲は、原告と中京労組とから任命された各三名の委員により構成する事故審議委員会の決定によることとし、弁償の範囲を損害額の一割とすることとしていた。
(3) 右規定の有効期間は右規定締結の日から一年となつていたが、有効期間経過後も原告と中京労組とは、右規定によつて乗務員の原告に対する弁償義務の有無と範囲を決めてきた。その間、右規定の乗務員の原告に対する弁償義務の上限を九〇〇〇円に変更したことはあつたが、その他の点については格別の変更はなかつた。
(4) 以上によると、本件各事故当時、原告では、慣行として、事故審議委員会により乗務員の原告に対する弁償義務の有無と範囲を九〇〇〇円を上限として決定する旨の労使慣行若しくは労働契約が存在していたと言うことができる。
(5) 原告が被告らに弁償金(「事故負担金」、「損害金」ということもある。)支払いを求めるに当たり、事故審議委員会の決定を経ていない。
2 権利の濫用
(1) 使用者が、その事業の執行につきなされた被用者の加害行為により、直接損害を被り、又は使用者としての損害賠償責任を負担したことに基き損害を被つた場合には、使用者はその事業の性格、規模、施設の状況、被用者の業務の内容、労働条件、勤務態度、加害行為の態様、加害行為の予防、若しくは損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の状況に照らし、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において、被用者に対し右損害の賠償又は求償の請求をなすべきである(最高裁判所昭和五一年七月八日判決)ところ、以下の諸事情を考慮すると、原告の請求は、被告らそれぞれにつき九〇〇〇円を越える部分については権利の濫用となる。
(2) 原告の就業規則によると、(A)勤務における拘束時間は午前七時三〇分から翌日午前二時三〇分までの一九時間であり、更に「自動車運転者の労働時間等の改善について」と題するいわゆる一二・二七通達により二時間を限度として時間外労働が可能であるから、拘束時間は二一時間となる。原告は、タクシー乗務員の事故多発の原因となる長時間労働を防止しようとしないばかりか、却つて右拘束時間を超える超過勤務を促すような労務管理を行つている。
(3) 原告は七〇台余りの営業用車両を保有し、これらの車両を運行しているのであるから、年間相当数の事故の発生を予測しているはずである。ところが、原告は、営業車両全部に任意保険を付していない。任意保険の保険料を節約する途を選んでいる。
(4) 都内の大部分のタクシー会社は、営業中の事故について、当該乗務員に損害金を求償していない。
(5) 被告らの各事故の態様は、タクシー乗務員が遭遇し易い事故であり、重過失があるとはいえない。
(6) 前記のとおり、交通事故処理規定の有効期間経過後も、二〇年余りにわたり原告と中京労組とは、右規定によつて交通事故の第一当事者となつた乗務員の原告に対する弁償義務の有無と範囲を決めてきた。その間、右規定の乗務員の原告に対する弁償義務の範囲を損害額の一割から最高九〇〇〇円と改めたことはあつたが、その外の点については格別の変更はなかつた。従つて、本件各事故当時、原告には、九〇〇〇円を上限として、事故審議委員会により乗務員の原告に対する弁償義務の有無とその範囲とを決定する旨の労使慣行が存在していた。
(7) 被告らの事故審議委員会での審議の経過は、次のとおりである。
<1> 被告鈴木及び同藤津については、他の乗務員と共に昭和六二年四月二四日の事故審議委員会で審議されたが、右両被告のみ負担金が決定されなかつた。他の乗務員はいずれも九〇〇〇円以下で決定されている。
<2> 被告久保寺については、他の乗務員と共に昭和六一年一二月一五日の事故審議委員会で審議されたが、他の乗務員はいずれも九〇〇〇円以下で決定され、同被告についても九〇〇〇円でほぼ合意に達し、同年一二月分の給与明細表に表示され、同六二年二月六日に原告に支払つた。ところが、原告は、同年四月二四日の事故審議委員会で再度とりあげ、全額を主張した。
このように、原告は被告らを他の乗務員と差別して扱つており、これは被告らが有給休暇を取得したり、労災申請手続きを行つたことに対する報復を企図したものである。
(8) 以上のとおり、原告の請求は、被告らに対し各九〇〇〇円を超える部分については、信義則に反し、権利の濫用となると言うべきである。
3 弁済(被告久保寺)
前記のとおり九〇〇〇円を限度として事故による事故負担金を支払うこととなつているところ、被告久保寺は、昭和六二年二月六日、同被告の起こした事故に対する負担金として、九〇〇〇円を原告に支払つた。
四 被告らの主張に対する認否及び原告の反論
1 被告らの主張1に対して
(1) (1)、(2)の各事実は認める。
(2) (3)の事実のうち、交通事故処理規定の有効期間は右規定締結の日から一年となつていたこと、有効期間経過後も原告と中京労組とは、右規定によつて交通事故の第一当事者となつた乗務員の原告に対する弁償義務の有無と範囲を決めてきたこと、事故負担金の上限を九〇〇〇円としていたことは認めるが、その余は否認する。
(3) (4)の事実のうち、九〇〇〇円を上限として事故負担金の範囲を決定していたことは認めるが、その余は否認し、または争う。
(4) (5)の事実は認める。
2 被告らの主張2に対して
(1) (2)の事実のうち、原告の就業規則によると、(A)勤務における拘束時間は午前七時三〇分から翌日午前二時三〇分までの一九時間となつており、一二・二七通達により二時間を限度とした時間外労働が可能であることは認めるが、その余は否認し、または争う。
(2) (3)の事実のうち、原告が七〇台余りの営業用車両を保有していること、営業車両全部に任意保険を掛けていないことは認めるが、その余は否認する。
(3) (5)の事実は否認する。
(4) (6)の事実のうち、交通事故処理規定の有効期間経過後も、二〇年余りにわたり原告と中京労組とは、右規定によつて交通事故の第一当事者となつた乗務員の原告に対する弁償義務の有無と範囲を決めてきたこと、九〇〇〇円を上限として決定していたことは認めるが、その余は否認し、または争う。
(5) (7)の事実のうち、<1>の被告鈴木及び同藤津につき、昭和六二年四月二四日開催の事故審議委員会で審議されたが結論にいたらなかつたこと、<2>の被告久保寺につき昭和六一年一二月一五日開催の事故審議委員会で審議されたこと、同年一二月分の給与明細表に表示され、同六二年二月六日に原告に九〇〇〇円を支払つたこと、同年四月二四日の事故審議委員会で議題となり、原告は全額を主張したこと、の各事実は認めるがその余は否認する。
(6) (8)は争う。
3 被告らの主張3に対して
被告久保寺は、昭和六二年二月六日、原告に九〇〇〇円を支払つたことは認めるが、その余は否認する。
4 交通事故処理規定等による被告らに対する請求について
(1) 以下の諸規定と慣行とによると、原告においては、交通事故処理規定に基ずいて開催された事故審議委員会で従業員の負担額について審議されてきたが、事故が軽過失によるもので、かつ事故歴や勤務態度に格別問題のないときは原則として九〇〇〇円を上限とする扱であつたが、事故が従業員の重過失によるときや事故の回数が多いときで、事故審議委員会意見の一致をみないときは原告の社長が負担額を決めていた。
<1> 交通事故処理規定には次の内容の規定があつた。
事故審議委員会の審議に支障を生じたときは、社長意見を尊重する。
従業員が第一当事者で、その事故の性質がはなはなだしく常軌を逸したる場合には、事故審議委員会において決定したときに限り全額負担とする。
<2> また、原告が昭和四四年一一月一日付けをもつて制定した就業規則には次の内容の規定があつた。
従業員が故意又は重大な過失によつて会社に損害を与えた場合には、会社は従業員に対し損害賠償をさせることがある。
故意又は重大な過失あるいは不正若しくは専断の行為によつて、会社に損害を与えたときは、懲戒処分を行うほか、その損害の全部又は一部を賠償をさせることがある。
(2) 被告らの過失の重大性について
本件各事故はいずれも職業運転手としては考えられない無謀な運転によるものであり、その過失は重大であり、被害も大きい。
<1> 被告鈴木について
本件甲事故は、請求の原因において主張したとおり、見通しの良い交差点において、赤信号により停車中の被害車の発見が遅れて追突し、被害車を運転していた鈴木茂男を負傷させ、同車及び原告所有車に損傷を与えたというもので、まかり間違えば信号無視で交差点に進入するという事態を招来しかねない無謀運転そのものと評すべきものである。しかも、鈴木茂男の負傷では約一〇日間程度の加療であつたのに、被告鈴木は負傷したと称して長期間休業したが、その間自動車を運転して外出したり、被追突者(鈴木茂男)より追突者(被告鈴木)のほうが鞭打ち症の程度が重いという稀有の状態となつていたので、原告は指定医の診断を求めたが、被告鈴木はこれに応じなかつた。
<2> 被告藤津について
本件乙事故は、請求の原因において主張したとおり、降雪のため凍結した路面を制限速度時速五〇キロメートルを上回る六八キロメートルの速さで走行した結果路面凍結により車輪を滑走させ中央分離帯を越え、対面進行してきた被害車に衝突させ、被害車を運転していた久保を負傷させ、同車及び原告所有車に損傷を与えたというもので、降雪中で路面が凍結していたのであるから徐行するなどして危険の発生を未然に防止すべきであるにもかかわらず逆に制限速度を上回つて運転したという無謀運転によるものである。しかも、被告藤津は定年(六〇歳)後も勤務を望み、中京労組もこれをバツクアツプしたので、原告は同被告に無理な運転をしないように再三注意を与えて雇用を継続してきたが、本件事故の前年には四回の事故に関係し(うち少なくも二回は同被告に責任がある。)、運転の適格性に問題を感じていたが、同被告は健康状態に問題が無いとしていたところ、本件事故を発生させた。
<3> 被告久保寺について
本件丙事故は、請求の原因において主張したとおり、降雨のためスリツプしやすい状況下で、制限速度を大幅に上回つた速度で運転したため右カーブに即応できずに側壁に衝突させたという自殺行為にも等しい無謀運転によるものである。なお、被告久保寺の労災保険の適用においては、同人の過失が大きいとして三〇パーセントの支給制限がなされている。
(3) 事故審議委員会における審議の経過について
昭和六一年一二月一五日開催の事故審議委員会において、被告久保寺の事故負担金についても協議し、中京労組は九〇〇〇円を主張したが原告は不満として態度を保留し、昭和六二年四月二四日開催の事故審議委員会において、被告ら三名の事故負担金についても協議しようとしたが、中京労組は被告久保寺については既に退職していることを理由に関与しないとし、被告鈴木、同藤津については九〇〇〇円を主張し、原告は事故が前記のような重過失によることを理由に全額の負担を主張し、結局意見の一致をみなかつた。
(4) 交通事故処理規定失効による被告らの責任
<1> 昭和六二年六月二六日の原告と中京労組との団体交渉において、原告は中京労組の同意の下で交通事故処理規定の不存在を確認し、以後、原告は前記就業規則により従業員に対する事故負担金を処理している。
<2> 交通事故処理規定の不存在を確認した以後、事故審議委員会は開催されていない。原告は交通事故処理規定の不存在を確認した日以前の事故である本件各事故についても前記就業規則により処理している。
(5) 以上の本件各事故の態様、損害額、勤務態度等を考慮すると、原告が被告らに対して請求しうる金額の二分の一を請求することは、何ら問題はないというべきである。
5 被告久保寺の返済について
原告は、事故審議委員会における審議の経過からして、中京労組の主張する九〇〇〇円であれば問題はないと考えて、同被告の昭和六一年一二月分の給料から控除しようとして明細書に記載したが控除できなかつたので、昭和六二年二月六日、同被告から支払いを受けた。その際、原告は、同被告に対し、事故負担金については結論が出ていないので一応差し引くもので、これで賠償・求償が終了するものではないことを告げてある。
五 原告の反論に対する被告らの認否
1 原告の反論4の事実について
(1) (1)の冒頭の事実のうち、原告においては、交通事故処理規定に基づいて開催された事故審議委員会で従業員の負担額について審議されてきたこと、負担額九〇〇〇円を上限とする扱であつたことは認めるが、その余は否認する。<1>、<2>の各事実は認める。
(2) (2)の冒頭の事実のうち、過失の重大性については争う。<1>の事実のうち、赤信号で停車中の鈴木茂男運転の被害車に追突したことは認めるが、その余の事故の態様は否認する。<2>の事実のうち、スピードの点を除いて事故の態様は認める。<3>の事実のうち、降雨の点を除いて事故の態様は認める。
(3) (3)の事実のうち、昭和六一年一二月一五日開催の事故審議委員会において、被告久保寺の事故負担金について協議したこと、昭和六二年四月二日開催の事故審議委員会で、被告鈴木、同藤津の事故負担金について協議したが、原告は全額の負担を主張して結論に至らなかつたことは認めるが、その余は否認する。
(4) (4)<2>の事実のうち、交通事故処理規定の不存在を確認した以後、事故審議委員会は開催されていないことは認める。
(5) (5)は争う。
2 原告の反論5の事実について
原告は、被告久保寺の一二月分の給料から九〇〇〇円を控除しようとして明細に掲げたが控除できなかつたこと、昭和六二年二月六日同被告から九〇〇〇円の支払いを受けたことは認めるが、その余の事実は否認する。
第三証拠
本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるので、これを引用する。
理由
一 請求の原因について
1 請求の原因1の事実は当事者間に争いがない。
2 同2について
(1) 同2(1)、(2)<1>の各事実はいずれも当事者間に争いがない。
(2) 同2(2)<2>について
当事者間に争いのない事実、証拠(甲三の一及び四、一三、一四、乙二五、証人二村正夫、被告鈴木)並びに弁論の全趣旨によると、被告鈴木は制限速度に従い時速四〇キロメートルの速度で加害車を運転して走行中、前方に赤信号のため停車していた加害車を発見し、ブレーキを踏んで若干減速したところで意識が稀薄なつたのちに意識を失ない(磯野外科病院では、嗜眠傾向、一過性脳虚血発作の疑と診断)、被害車に追突したことを認めることができる。
右事実によると、被告鈴木には赤信号の見落しという過失があつたことを認めることはできないし、また、同被告は制限速度を越えるスピードで加害車を運転したことも認めることもできない。
(3) そうすると、その余の事実について判断するまでもなく、原告の被告鈴木に対する請求は理由はない。
3 同3について
(1) 同3(1)、(2)の各事実は、いずれも当事者間に争いがない。
なお、右争いのない事実、証拠(甲四の一ないし三、一一、証人二村正夫、被告藤津)と弁論の全趣旨によると、自動車運転者としては、前日から降つた雪が解けて、早朝の寒さのために、道路の所々に凍結部分の発生が十分に予測されるのであるから、これに即して加害車を運転すべきであるのに、同被告はこのような状態を予想しないまま制限速度時速五〇キロメートルを越える時速六八キロメートルの速度で走行したため道路凍結部分でスリツプして蛇行したうえ中央分離帯を越えて対向車線に進入して対向車と衝突するという本件乙事故を発生させたものと認めることが相当である。従つて、被告藤津には道路の状況の把握に関して過失があつたものというべきである。
(3) 同(3)について
右事実、証拠(甲四の四ないし一二、)と弁論の全趣旨によると、被害車を運転していた久保は本件乙事故により頭部打撲、頸椎捻挫、右上肢・両膝関節打撲挫傷等の傷害を受け、原告は久保に生じた損害(修理費、代車料。なお、治療費、慰籍料は同人が治療中のため未定であり、休業損害も確定できていないため、右金額に計上されていない。)及び原告自らに生じた損害(修理費、レツカー費)の合計額は、昭和六二年七月八日現在一九〇万六七五〇円であり、原告の負担額はその後更に多額にのぼるものと推測できる。
原告は加害車の休車損害として一〇日分八万円を主張しており、これは甲第五号証の七と対比すると損保会社の算定額である一日当り八〇〇〇円を前提としているものと考えられるが、右の金額で請求するには、原告には他に予備車両はなく、かつ加害車は一日当り八〇〇〇円以上の実収入をあげていることを要するところ、予備車両の有無は明らかでないし、加害車の営業収入、賃金等の固定経費及びガソリン代等の流動経費は明らかでなく、従つて、原告の加害車による実収入も明らかではないから(これらの資料は原告の所持するものである。)、結局休車損害部分は認めることはできない。
4 同4について
(1) 同4(1)、(2)<1>の各事実は、いずれも当事者間に争いがない。
(2) 同4(2)<2>について
右当事者間に争いのない事実、証拠(甲五の一、三ないし六、一二、被告久保寺)と弁論の全趣旨によると、被告久保寺はやや湿潤した道路を、時速四〇キロメートルに指定されているにもかかわらず時速一一〇キロメートルを超える速度で加害車を走行させて本件現場付近に至り、曲り切れると考えた左カーブに沿つてハンドルを左に切つたところスピンし、道路左側壁に衝突し、次いで右、左の側壁に衝突して停車して、本件丙事故を発生させたことを認めることができる。
右事実によると、被告久保寺は、本件事故現場付近の道路は左カーブとなつているのであるから、曲れるような速度で運転すべきであるのに、これを相当程度上回る速度でも曲り切れると考えて加害車を運転した過失により適切なハンドル操作もできずに本件丙事故が発生したものというべきである。
(3) 同4(3)について
右事実、証拠(甲五の七、八、)と弁論の全趣旨によると、原告は右事故により加害車の修理費として六四万四六二〇円の損害を被つたことを認めることができる。
休車損害については、前記(3(3))と同じ理由により、これを認めることはできない。
5 同5の事実は、当裁判所にとり顕著である。
二 被告らの主張1及び原告の反論4について
1 原告には昭和三三年二月に結成された中京労組があり、被告らはいずれも本件各事故当時中京労組の組合員であつたことは当事者間に争いがない。
2 当事者間に争いのない事実と証拠(甲二、六の一及び二、七の一及び二、乙一の一ないし九、四、五、証人二村正夫、同桑原正三、同和久洋右、被告藤津)と弁論の全趣旨によると、以下の事実を認めることができる。
(1) 原告と中京労組とは、昭和四一年三月三日交通事故の第一当事者となつた右組合の組合員を含む原告従業員の原告に対する弁償義務の有無とその範囲とを定めた「交通事故処理規定」を締結した。
右処理規定には以下の条項が設けられていた。
第一条 本規定は、自動車事故(物件および人身を問わず)の処理および弁償方法を規定し、此の運営は、事故審議委員会により審議決定する。
第二条 事故審議委員会は、会社及び組合双方三名を以つて構成審議する。
但し審議に支障をきたしたる場合は、社長意見を尊重する。
第三条 事故審議委員会において決定された事項については、会社及び当事者は、速やかにその日より履行しなければならない。
第四条 事故審議委員会は、原則として毎月二〇日以後二五日までの間に開催し、その月に発生した事故について審議しなければならない。
2 (略)
3 (略)
第五条 事故による弁償処理基準を次のとおり定める。
一 甲(会社側)九割
二 乙(当事者)一割
2 但し第一当事者で、其の事故の性質がはなはだ常軌を逸したる場合には、事故審議委員会において決定したときに限り全額負担とする。
第六条 事故審議の対象は、すべての事故に適用する。
2 但し五〇〇〇円以下の事故金は、金銭控除の対象としない。
3 (略)
第七条 事故審議委員会において決定された弁償金の支払いは、賞与をもつて控除する。但し弁償金の総額は一回の賞与九〇〇〇円を超えてはならない。
第十一条 人身事故により、強制賠償保険の適用を受け、保険金より負担額が超過した場合には、事故審議委員会に計つたうえ、物件事故に準じて超過額に対する負担額を決定する。
2 但し保険金の範囲内で解決した場合といえども当月の無事故手当は控除する。
第十二条 事故金額五〇〇〇円以上一万円迄当月の無事故手当の半額を控除する。一万円以上については、無事故手当全額を控除する。
第十六条 重大事故の取扱いは、左の通りとする。
1 人身事故(全治三ヶ月以上)
2 物件事故(総額三〇万円以上)
右の重大事故者については、当該賞与の資格を失う。
但し委員会の承認を得なければならない。
本規定の有効期間は協定日より一年間とする。
(2) 交通事故処理規定の有効期間満了後も、原告と中京労組とは右事故処理規定の効力を延長したり、あるいは新たな交通事故処理規定を締結するということはなかつたけれども、従前からの右規定が当事者双方を拘束するものとの考えのもとに、原告が昭和六二年六月二六日付の通告書により右交通事故処理規定が存在しないことを確認する旨の通告をなすまで、遵守、尊重してきた。その間事故審議委員会の開催が不定期となり、また原告の賃金体系がA型賃金(固定給に歩合分を加味した毎月支払われる賃金のほか償与、退職金を支払う形式の賃金)からB型賃金(全て歩合により支給される毎月の賃金中に償与、退職金の支払い分を含ませ別にこれらを支給しない形式の賃金)に変更されたことにより、償与、無事故手当がなくなつたことから、事故審議委員会により決定された事故負担金は給与から控除されるようになり、また無事故手当及び償与の存在を前提とした規定は意味をもたなくなつたこと、また事故負担金の従業員(当事者)負担割合の一割を事実上九〇〇〇円を上限としていたことのほかは格別変更されなかつた。
以上(1)、(2)の各事実によると、被告藤津及び同久保寺の事故負担金を決定するには事故審議委員会の審議決定を経ることを要するというべきであるところ、当事者間に争いのない事実と証拠(乙一の九、被告藤津)によると、被告久保寺については昭和六一年一二月一五日開催の事故審議委員会において協議したが決議に至らず、再度同六二年四月二四日開催の事故審議委員会において協議したが、中京労組が既に退職していることを理由に関与しないとしたために、結局決定に至らなかつたこと、被告藤津については、同日開催の事故審議委員会で協議したが決定に至らなかつたことを認めることができるのであるから、右事実によれば、原告は被告両名に対し事故負担金を請求できないことになる。
原告は、事故処理規定二条中の「審議に支障をきたしたる場合は、社長意見を尊重する。」との部分を根拠に、事故審議委員会で審議決定できないときは、原告の社長が決定すると主張する。しかし、右規定中の他の条項を併せて検討すれば、事故審議委員会が最終的に決定する権限を有することを前提に、社長はあくまで意見を述べ、かつその意見は事故審議委員会で決定するにあたり尊重されねばならないことを規定したにすぎない。換言すれば、審議に支障をきたしたときは、社長意見をきいたうえで事故審議委員会で改めて審議し決定することを要するものというべきである。そうすると、原告の主張は採用できない。
3 以上のとおり、被告藤津、同久保寺については、事故審議委員会で同被告らの事故負担金につき決定していない本件においては、原告はいまだ同被告らに対する弁償の請求権を取得したものということはできないのである。
三 以上によると、原告の被告らに対する本件各請求はいずれも理由がないのであるから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 長久保守夫)